子どもの「好き」「嫌い」~保育の現場から~
皆さんは「好き嫌い」というと何を思い浮かべますか?食べ物についての好き嫌いが真っ先に浮かぶ方が多いのではないでしょうか?一言で「好き(嫌い)」といっても恋愛感情に通じるものから、嗜好品、ファッション、音楽、テレビ、場所、ひとに至るまで人間には好き嫌いがあります。今月はそんな子どもの「好き(嫌い)」を切り口に、園における保育活動や保健衛生を考えたいと思います。
1.噛みつき~原因・対応・理解~
いわゆる「噛みつき」は0歳児から2~3歳児までに多く見られる代表的な「嫌い」の表現方法です。しかし、この噛みつきは嬉しくて、感情が高ぶったときにも、また、意味もなく噛みついてしまう場合もあるので驚きです。
「~は嫌だ」「~してほしい」と言葉によって自分の気持ちを相手に伝えられるようになってくると減ってはいきますが、時には5歳児のトラブルに起こることもあります。5歳児ともなると「相手を噛んでしまったら傷つけてしまう」ということは認識できているにもかかわらず、とっさに出てしまうのは、本能に近い行為なのでしょう。
以前、噛みつきがみられるお子様のおばあちゃま(保育士OG)から「先生、子どもは痛くないとわからないから、実際に噛んで、『痛い』ってわからせないといけないのよ」と言われたことがありました。もしかしたら、そうして教えることを是とした時代があったのかもしれませんが、未就学児施設でお預りしている園児さんに意図的にそのようなことをするのはあり得ないことです。
仮に保護者の方の依頼で行ったとしても大問題ですし、家庭で行っても虐待と言われかねません。また、子どもはそんなところをどうやって噛んだの?というような、背中や頬にも噛みつきます。好きでも嫌いでも起こりますので、噛みつく子、噛まれてしまう子の組み合わせは同じになってしまうことが多いのも事実で、保護者や保育者の悩みは深くなります。
●応急処置
患部を流水で洗い、クーリングします。噛みつきの程度により園医に指示を仰ぎ、受診の相談をしてもよいかもしれません。
●保護者対応
噛みつき・ひっかきについては施設としてどのように対応するか、考え方が異なりますので正解はありません。選択肢は①噛まれてしまった保護者にのみお詫びする②双方のご家庭にお伝えするの2つが考えられます。
私が勤務していた施設では当初、噛みつきは、止められなかった園(保育者)の責任という姿勢のもと、噛まれてしまったお子様のご家庭にのみお詫びし、状況をお伝えしていました。しかし、どんなに注意していても1秒以下の速度で噛みついてしまうお子様を必ず止められる保証はありません。その都度行われた「反省会」ではなく、「事例検討会」として、環境設定の見直し等建設的な意見交換を行うようにすると同時に、対象年齢のクラス全体に、噛みつきは成長の過程で起こりうることを伝えたうえで、噛みついてしまったお子様のご家庭には事実とともに、そのかかわりの中で学ぶことが成長につながるということをお伝えするように方針を転換しました。
●子どもへの対応
玩具の取り合い等原因の究明、保育者の配置や声かけ等対策、双方の子どもの気持ちを代弁することで寄り添い、仲立ちもします。また、子どもがストレスなく遊べるよう玩具や保育者の配置を含めた環境設定を見直します。保護者にお話しするなかで、お子様の家庭での様子がわかることもあり、対応へのヒントが得られるかもしれません。
●集団生活に対する理解
集団生活をする中では、こういったことの他にも感染症に罹ったり、怪我をしたりするリスクはあるけれど、それを上回るベネフィットとして経験や免疫獲得、運動能力、コミュニケーション力、問題解決力、忍耐力向上といった様々なことが期待できる旨を入園時に必ず説明し、入園後は都度理解を得られるよう園だよりや保健だより、クラスだより等で発信しました。とはいえ加減なく噛まれてしまったお子様の皮膚が赤く腫れている様子は痛々しく、保護者の方が感情的に納得いかないのも理解できるだけに、お預りする立場としては申し訳なく感じていました。そして、時に保護者にお詫びしながら泣いてしまう担当保育者の心にも絆創膏を貼ってあげたい気持ちでいっぱいでした。
2.愛情表現いろいろ~ハグ・キス・ラブレター~
前述のような一種の攻撃的な行為によって、子どもは「嫌い(不快)」を表現する一方で、子どもなりに愛情に近い「好き」も表現されます。低年齢、2歳児くらいまでの「好き」は相性によるものだと思います。小さい子どもがお友達と手をつなぎ、顔を近づけて楽しそうにしている姿は何ともほほえましく、かわいらしいものです。
●子どものいるところは常に「密」
コロナ禍では「密を避ける」ことが予防の一つとされましたが、子どもが集まる場所はそもそも密、過密であります。現場では噛みつき、ひっかきだけでなく、不意の衝突など子ども同士の接触にも注意を払いますが、「ソーシャルディスタンス」と子どもに距離をとるよう指導することは子どもにとって有益な接触まで阻むことにもつながりかねず、難しいところです。
●子ども同士のコミュニケーション
子ども同士のコミュニケーションは驚くほど「近い」ものです。「咳」「鼻水」は日常のこと。「しぶき」は「くしゃみ」だけでなく普通の会話でも浴びます。そのような環境ですから、ひとたび感染症が発生すると、瞬く間に拡大します。
そんな中、ご家庭でのお父様とお母様との関係(スキンシップ)も影響するのでしょうか?悪気なくハグや、普通にキスしてしまうお子様もいないわけではありません。キスは「かわいい」と呑気に言っていられません。保健衛生的観点からも保育者はこれを止めなければならないので大変です。集団においては密な接触により、感染症に感染することは避けられませんが、自分のお子様を守るためだけでなく、一緒に過ごすお友達を守るためにもB型肝炎の予防接種はじめ各種予防接種を行っておくことは集団に属するうえで、最低限のマナーです。
●お手紙遊び
3歳児くらいになると「〇〇先生とけっこんするー」と担任の保育者に堂々と宣言する園児が出てきて、クラスでもカップルが誕生(?)することもあります。食事時間などに、会話に入ってみると、子どもとはいえ、「子どもが●人ほしい」とか、「▲▲に住む」など、具体的な話をしていたりすることもあり、驚かされます。5歳児くらいになると直筆、鏡文字のラブレターも交換したりしています。「ませている」と言わないでください。人が人を好きになるということも成長の証ですし、素敵なことだと思います。保育者が子どもから手紙を受け取ることもあるようです。その仕事に就いてよかったと思う瞬間は多々ありますが、子どもに告白されるときもその一つでしょうか。
3.食事~嫌いなものは床に落とす?~
さて、「好き嫌い」という言葉から真っ先に連想されるのは食についてです。子どもは離乳食後半くらいから、べ~っと吐いたり、そっぽを向いたり、手で振り払ったり食の好き嫌いが出はじめます。ブーっと吹き出すのは面白がっている節もありますが、嫌いな食品を床に落とすことも「嫌い」を表現する伝統的な手法のようです。ナス、トマト、ピーマン、肉・・・確かに苦手な食材を床に落ちてしまえば食べなくてもよいので、子どもながらあっぱれです。
●ご家庭との情報共有
ご家庭、栄養士とお子様の食に関して情報交換し、調理の工夫など対策を講じます。
喫食量には個人差あり
子どもが小さい時ほど、保護者の立場としては食べてくれるだけで安心できる部分がありますが、それは保育者も近い心境といえます。筆者の幼少期、昭和の時代は保育教育の現場では「完食」が徹底されていたように思います。食が細く、好き嫌いが多かった筆者はいつも食事時間に食べ終わることができず、幼稚園時代も教室に一人、小学校時代も、皆が休み時間、掃除の時間になってもクラスに居残り一人食べさせられていて、当時は一日の中で食事時間が最も嫌いな時間で苦痛でした。そんな苦い経験もあり、自分が園長となってからは食事に苦戦している子どもに声をかけ、時間で区切るよう保育者にも助言してきました。みんなと一緒に規定量を食べてほしいという思いはありますが、喫食量には個人差があります。小食の逆の過食、偏食とともに、身体測定や日常の健康観察の結果、明らかに不健康であるなどの問題がなければ、ご家庭とともに、一定期間経過を観察しても良いでしょう。
●食への主体的なかかわり
幸い近年は無理に食べさせることは虐待につながるという認識も広がりつつありますが、「無理」がどのラインか、時に冷静に客観的に顧みる必要があると思います。食べ物をわざと落とすことは食べ物を粗末にするという点からは指導が必要ですが、ある意味、追い詰められた子どもがそのような行動をしなくてもよいように、雰囲気作り等環境設定や調理法や食への関心が高まる方法を検討することが大切だと思います。栄養士、看護師等他の専門職と協働し、食育の内容も検討してみましょう。
4.大きくなったら~「好き」から「なりたい」へ~
幼児さんになると「大きくなったら・・・」と子どもは夢を語るようになります。この頃おぼろげながら初めて将来、未来という概念を感じるのかもしれません。誕生会で誕生児に尋ねたりすると、「ケーキ屋さん」「ゲーム屋さん」「花屋さん」等好きなモノのお店を答える子、「トリマー」「警察官」「消防士」「医師」「モデル」「サッカー選手」等具体的な職業名を答える子、「●●ジャー」「●▲◆」と戦隊モノのヒーロー、アニメのヒロイン、ゲームのキャラクターを答える子までいろいろです。数年前からは「ユーチューバー」「アイドル」と答える子もいて、時代の流れを感じます。
●興味・関心(好き)のきっかけ作り
大谷翔平選手のような方は、もちろん天賦の才もありますが、「好き」だから努力し続けることができた結果、一流アスリートとしての地位を維持しているとも言えます。「好き」は努力や継続の源であることは間違いありません。
●施設・絵本
未就学児にキャリア教育とまでは言わないまでも、仕事や働くということに対してぼんやりでもよいのでイメージできるように、身近に感じるようきっかけを作ることは大切だと思います。キッザニアのような施設で実際になりきってイメージするのもよいですが、私は鈴木のりたけ先生の「しごとば」という絵本(ブロンズ新社)が好きです。その職業の裏のような部分もよく観察されて、大人がみてもクスっと笑えてお勧めです。
5.まとめ ~子どもが気持ちを表現できるように~
このように考えると、やはり子どもの「好き(嫌い)」は、「快、不快」という感情と「自己中心性」によるものが大きいと思います。冒頭に記したように、成長するにつれ周りの状況を理解するようになりますし、「不快」を「快」にする工夫も模索するようになります。「好き」だけでは生きていくことができず「嫌い」を避けるなど、対処法を体得し、自分の気持ちを封じ折り合いをつけたりすることが増えます。そもそも日本では自分の気持ちをはっきり表明したり、感情的になるシーンがはばかられたりするので、「好き(嫌い)」をわかりやすく表現することが少なくて伝わる「察する文化」のもとコミュニケーションが成立しています。そんな時、「好き」を全身で表現し、忖度なく「嫌い」を表現できる子どものことが時にうらやましく感じていたものです。
集団にあって、その一員として過ごすためには子どもにも最低限のマナーや約束も必要で、教えることも大切ですが、子どもらしさは自分に正直で好き嫌いが表現できることでもあると思います。いずれ大人になる子どもが子どもであるうちに自己表現できるよう見守ることが大人の役割の一つではないでしょうか。