骨太の方針2026が示す保育業界の未来
~人口減少時代の保育経営とM&A戦略を保育M&Aアドバイザーが読み解く~
2026年7月21日、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針2026)」を閣議決定しました。骨太の方針は、その年だけの政策方針を示す文書ではありません。日本がどのような社会を目指し、どのような分野に予算や政策資源を配分していくのかを示す、いわば国の設計図とも言える文書です。 今回の骨太の方針2026では、
・「強い経済」の実現
・人材力の強化、人材総活躍
・持続可能な経済社会の構築
・全世代型社会保障の構築
・経営の協働化・大規模化を支援する
といったテーマが強く打ち出されています。一見すると保育業界への直接的な言及は多くありません。しかし、保育は少子化対策、人材政策、地域政策、社会保障政策と密接に関わる社会インフラです。だからこそ、骨太の方針2026で示された方向性は、今後の保育業界の経営環境を考えるうえで極めて重要な示唆を含んでいると私は考えています。
私はこれまで多くの保育事業者の事業承継や成長戦略を支援してきました。その立場から今回の骨太の方針を読むと、保育業界は大きな転換点を迎えているように感じます。
これまでの保育業界は、「開園して成長する時代」でした。しかしこれからは、「持続可能な経営基盤を築く時代」へ移行していく可能性があります。そしてその変化の中で、M&Aは単なる事業承継手段ではなく、成長戦略としての重要性を高めていくのではないでしょうか。
保育業界は大きな転換点を迎えている
保育業界は長年にわたり、待機児童対策という国策の追い風を受けながら拡大を続けてきました。新たな保育園を開設し、複数園展開を進め、事業規模を拡大することが成長の王道でした。実際に上場(IPO)を果たした保育事業者も誕生し、多くの法人が園数拡大を目指してきました。しかし現在、その前提となる市場環境が大きく変化しています。
今回の骨太の方針2026では、政府が人口減少への対応を国家的重要課題として掲げています。また、「人口減少に対応した社会経済の再構築」や「人材希少社会への対応」が重要政策として明記されています。これは保育業界に置き換えると、
・出生数の減少
・園児獲得競争の激化
・地域需要の縮小
・人材不足の深刻化
に対応しなければならない時代に入ったことを意味します。これまでのように「園を増やせば成長できる」という単純な市場ではなくなりつつあります。今後は、
「どれだけ安定した経営ができるか」
「どれだけ人材を確保できるか」
「どれだけ保育の質を維持できるか」
といった経営力そのものが問われる時代になるでしょう。
政府が求めるのは持続可能な地域サービス
骨太の方針2026には、持続可能な地域社会の構築という考え方が繰り返し登場します。政府は人口減少下においても地域社会を維持するため、地方公共団体間の連携やデジタル技術の活用を進め、医療・介護をはじめとしたエッセンシャルサービスの維持と効率化を目指しています。保育もまた、地域社会を支える重要なエッセンシャルサービスです。
保育園は単なる託児施設ではありません。地域の子育てを支え、働く世代を支え、地域経済を支えるインフラそのものです。だからこそ今後は、
・保育の質
・安定運営
・人材確保
・地域対応力
・ガバナンス
がこれまで以上に重要視されるでしょう。小規模法人の中には、園運営は順調でも本部機能が脆弱なケースもあります。「採用担当者がいない」「ICT担当者がいない」「後継者候補がいない」こうした課題は今後さらに顕在化していく可能性があります。結果として、法人同士の連携や統合、M&Aによる経営基盤強化を検討する事業者は確実に増えていくと考えられます。
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人材希少社会は保育業界に最も大きな影響を与えるかもしれない
今回の骨太の方針で非常に印象的だったのが「人材希少社会」という表現です。政府は人口減少下においても社会経済の活力を維持するため、人材育成・人材確保・人材流動化を推進する方針を示しています。保育業界はこの問題の最前線にいます。現場ではすでに、保育士不足、主任不足、園長候補不足、採用コスト上昇などが経営課題になっています。以前は園児募集が悩みでしたが、最近は「保育士が採れない」という相談の方が多いほどです。さらに政府はAI活用と人材育成・確保を一体で進める方針も示しています。
つまり今後の保育事業者には、単に人を集めるだけではなく、
・育成する力
・定着させる力
・活躍させる力
が求められることになります。人材力がそのまま企業価値になる時代が到来しつつあるのです。
DX投資が保育業界の格差を広げる
骨太の方針2026では、AIを前提として社会や教育の在り方を再構築する時代に入ったとの認識が示されています。さらにAIやDXの活用によるサービスの質向上も重要政策として掲げられています。保育業界でも、
・登降園管理
・連絡帳
・請求業務
・労務管理
・シフト最適化
など、ICT化が進んでいます。
今後はさらにAIの活用も進むでしょう。しかし問題は投資余力です。ICTシステムやAI活用には一定の資金が必要です。複数園を運営している法人であればコストを分散できますが、単独園の場合は負担が重くなります。その結果、経営基盤が強い法人と弱い法人の差が広がる可能性があります。
私は今後の保育業界では、「保育の質」と同じくらい「投資できる経営体力」が重要になると考えています。
IPO中心の時代からM&A活用の時代へ
かつて保育業界ではIPOが成長戦略の象徴でした。新規開園を続け、規模を拡大し、企業価値を高めて上場を目指す。これが成功モデルだった時代があります。しかし少子化時代に入った現在、新規出店だけで成長を続けることは以前ほど容易ではありません。
むしろこれからは、既存園の価値を高める、地域シェアを高める、人材を確保する、管理機能を強化する、といった経営課題が重要になります。
そうした中で注目されるのがM&Aです。最近では、「保育法人同士の統合」「後継者不在法人の事業承継」「学童との連携」「幼児教育との統合」などの相談が増えています。
私は今後、保育業界でも介護業界や調剤薬局業界と同様に再編が進んでいく可能性が高いと考えています。M&Aは撤退手段ではありません。地域の保育を守りながら成長するための経営戦略になりつつあるのです。
社会保険料負担軽減の裏で保育業界が考えるべきこと
今回の骨太の方針で特に注目したのが、全世代型社会保障改革の部分です。
政府は、「現役世代の保険料率の上昇を止め、引き下げていく」との方向性を示しています。さらに給付と負担の見直しも進める方針です。もちろん現役世代の負担軽減そのものは重要です。しかし経営者であれば、その財源がどこから確保されるのかも考える必要があります。社会保障費は今後も増加していきます。その中で保険料負担を抑制するとなれば、制度改革・効率化・公費配分の見直しが進む可能性があります。
保育予算削減が決まったわけではもちろんありません。しかし私は、今後の保育経営は「補助金が増え続ける前提」で考えるべきではないと思っています。むしろ、生産性向上
本部機能強化・経営効率化・収益構造改善を前提とした経営への転換が必要になるでしょう。その意味でもM&Aによるスケールメリットの重要性は今後高まる可能性があります。
金融機関の支援は今後変化するかもしれない
骨太の方針2026では、政府主導による成長投資や民間投資の活性化が強く打ち出されています。政府が前面に立って戦略分野への投資を促し、民間投資を引き出していく考え方が示されています。もちろん骨太の方針に、「保育M&A融資を拡大する」とは書かれていません。しかし私は、地域社会の維持という政策の方向性を踏まえると、金融機関の役割はさらに大きくなると考えています。
後継者不在による廃園は地域にとって大きな損失です。そのため、事業承継型M&A・地域内再編・保育インフラ維持といった案件に対しては、金融機関もより積極的な姿勢を取る可能性があります。これは政策ではなく私の見解ですが、今後は地域金融機関が保育事業承継の重要なプレーヤーになるかもしれません。
M&A関連支援策の拡充も注目される
また骨太の方針では、AI活用・DX推進・人材育成・生産性向上が重視されています。 現時点で保育M&A専用補助金は示されていません。しかし将来的には、PMI支援・システム統合・業務標準化・ガバナンス強化・人材育成といった分野への支援策が拡充される可能性も考えられます。これも現時点ではあくまで私見です。ただし国が目指しているのが「持続可能な地域サービスの構築」である以上、その実現に必要な経営基盤強化への支援は今後の注目テーマになるでしょう。
これからの保育事業経営者に求められる視点
骨太の方針2026から読み取れるのは、政府が人口減少社会を前提に、地域サービスの維持と生産性向上を同時に実現しようとしていることです。 保育業界は今後も社会的に必要不可欠な存在であり続けます。しかし、少子化の影響や人材不足、コスト上昇といった環境変化への対応は避けられません。
これからの経営者に求められるのは、「園を運営すること」ではなく、「地域の子育てインフラを持続可能な形で残すこと」です。そのためには、自社単独で成長するという発想だけではなく、
・M&Aによる事業拡大
・法人統合による経営基盤強化
・将来を見据えた事業承継
といった選択肢を視野に入れる必要があります。
骨太の方針2026は、保育業界に対しても経営の高度化と再編を求めるメッセージを発しています。そして、その変化の中心にあるのがM&Aです。
これからの保育経営においては、M&Aを単なる選択肢の一つではなく、持続的な成長と事業承継を実現するための重要な経営戦略として捉えることが求められるでしょう。
参考:内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針 2026」令和8年7月 21 日
エグゼクティブコンサルタント
ブティックス(株)へ入社後、介護用品通販ショップの運営責任者、有料老人ホームの入居者紹介事業の責任者を歴任。その後、CareTEXの立ち上げメンバーとして、様々な業界ニーズのマッチングに着手。
2015年にはM&A事業を立ち上げ、10年間で120件の成約実績を有する。


