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「守る人」が守られるために〜園長として考えるカスタマーハラスメント対策〜

2026.01.09
「守る人」が守られるために〜園長として考えるカスタマーハラスメント対策〜

● はじめに

「園長を守る仕組み」は、十分だろうか

保育・教育施設では、苦情受付窓口や第三者委員会など、保護者の声を受け止める仕組みが整えられています。行政にも相談窓口があります。しかし、施設運営に携わる皆様であれば、次の疑問を感じたことがあるのではないでしょうか。

「園を守る仕組みはあっても、園長自身を守る仕組みは十分だろうか」
私自身、園長として多くのトラブル対応を経験してきました。園長は「職員を守る立場」でありながら、いざ問題が起きたとき、自分自身を支える仕組みは極めて乏しいという現実があります。

  • 行政は中立性が求められ、園長の立場に寄り添うことは難しい
  • 法人内での名誉毀損やハラスメント対応が十分でないケースもある
  • 結果として、精神的負担が園長個人に集中しやすい

こうした構造の中で、近年とくに深刻化しているのがカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)です。カスハラへの対応は、もはや個人の力量ではなく、組織として向き合うべき経営課題となっています。

❶ カスタマーハラスメントとは何か

カスハラとは、顧客(利用者)による迷惑行為によって、職員の就業環境が害されることを指します。当然ながら、保護者からの意見や要望すべてがカスハラに該当するわけではありません。しかし、保育・教育の現場では、次のような事例が増えています。

  • 過度・執拗な要求
  • 感情的、威圧的な言動
  • 長時間に及ぶ対応の強要
  • 録音・録画を用いた心理的圧迫
  • SNSや口コミによる一方的な情報拡散

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これらは職員だけでなく、最終対応者である園長に大きな負荷をもたらします。

❷ 園長が感じるストレスの現実(OECD調査より)

OECD国際幼児教育・保育従事者調査2024では、園長が感じるストレスは多岐にわたることが示されています。その中でも、「保護者の懸念への対応」は、人的管理の側面において、「保育者を管理すること」に次ぐ大きなストレス要因であることが明らかになっています。つまり、カスハラ問題は、「一部の園の特別な問題」でも「対応力の低い園長の問題」でもなく、制度構造の中で必然的に発生している課題だと言えます。

保育者、園長・所長の職務上のストレスの要因(日本)

参考:OECD国際幼児教育・保育従事者調査2024 結果のポイント P16

❸ 保育・教育現場がカスハラを受けやすい構造

保育・教育分野には、他業界にはない前提があります。
それは、サービスの受け手が「子ども」であるという点です。
「子どものため」という言葉が掲げられると、園側は反論しづらくなります。
その結果、次のような状況が生まれやすくなります。

  • 専門性への過度な介入
  • 感情を根拠とした要求の正当化
  • 小さな出来事が大きなクレームへ発展
  • 園の説明が受け入れられにくい

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この構造が、園長の判断を常に難しいものにしています。

❹ 「利用停止」ができない業界特性

一般企業であれば、悪質な顧客との取引を停止する選択肢があります。
しかし、保育・教育分野ではそう簡単にはいきません。認可施設では、

  • 保護者と園
  • 保護者と自治体

という二重の契約関係が存在します。
子ども・子育て支援新制度ハンドブックには「施設・事業者が遵守すべき運営基準」の中に「利用開始に伴う基準」が示され、正当な理由のない提供拒否の禁止として「応諾義務」が規定されていますが、「正当な理由」は極めて限定的で、保護者トラブルに対する明確な基準は示されていません。そのため園長は、

  • 園の安全
  • 職員の心身の健康
  • 利用者の権利
  • 行政との関係
  • 施設運営の継続性

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これらすべてを総合的に勘案し、孤独な判断を迫られるのです。

❺ カスハラを放置した場合のリスク

カスハラへの対応を曖昧にすると、次のような事態が起こります。

  • 職員の離職
  • メンタル不調の増加
  • 苦情対応の園長一極集中
  • 他職員への業務負担増大
  • 保育・教育の質の低下
  • 安全配慮義務違反などの法的リスク

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人材不足が深刻な業界だからこそ、「職員を守る体制=子どもを守る体制」であることを、改めて確認する必要があります。

❻ 行政の動きと今後の方向性

東京都日野市では、令和7年4月に「カスタマーハラスメント対応基本方針」を策定しました。

  • カスハラの定義
  • 対応類型の整理
  • 対処フローの明確化
  • ポスターによる啓発

行政が明確な姿勢を示したことは、全国的にも大きな意味を持ちます。また、厚生労働省は2026年10月から、全企業にカスハラ対策を義務化する方針を示しており、保育園も対象に含まれます。今後は、「何もしていないこと」自体がリスクとなります。 

参考: 厚生労働省 ハラスメント対策・女性活躍推進に関する改正ポイントのご案内
日野市 日野市立保育園におけるカスタマーハラスメントへの対応に関する基本方針

❼ 園長が今、整えるべき「園を守る仕組み」

園長主導で整えておきたいポイントは以下の通りです。

1.園独自のカスハラ対応方針
・定義
・想定ケース
・対応フロー
・録音・録画への対応ルール
2.専門家との連携体制
・弁護士等への相談窓口
・初期段階での助言
・書面作成支援
3.職員研修の実施
・クレーム対応の基本
・園としての統一方針
・対応の線引き
4.園長自身の支援体制
・カウンセリング
・外部スーパーバイズ
・困難事例を共有できる場

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❽ 「守る人」が守られるために

園長は、職員を守り、子どもの最善の利益を考え、保護者と向き合い、行政と調整し、経営判断を下す立場にあります。その中心に立つ存在だからこそ、園長自身が守られる仕組みが必要です。園長の疲弊は、必ず園全体に影響します。園長のケアは「個人の問題」ではなく、組織運営の一部です。

● おわりに

カスタマーハラスメントは、施設の問題であり、職員の問題であり、そして園長自身の問題です。しかし、方針と支援体制があれば、園も、職員も、園長も守ることができます。園長の皆様が、孤立せず、安心して判断できる環境が広がることを、心から願っています。

ライター紹介
湊崎端穂子
湊崎 端穂子 氏
社会保険労務士、保育士資格、幼稚園教諭一種免許、国家資格キャリアコンサルタント、社会福祉主事任用資格
株式会社 福祉総研
HP:https://fukushi-soken.com/
株式会社 福祉総研